♪ Carmen「カルメン」
作曲:Georges Bizet(ビゼー1838~1875)
内容:フランス人作曲家ビゼーが、P. Mériméeの同名の小説を基に作曲した。彼の最大の傑作となったこのオペラは、オペラ観賞をしない人でも、このオペラの中のメロディーはどこかで1度は聴いたことがあるという、世界中で最もポピュラーなオペラ。しかし、今回の「カルメン」は過激な読み替えと常識破りで有名な演出家Tcherniakovが、1875年のパリでの初演以来の演出のコンセプトを全て変えて、時代は今現在、舞台はスペインではなく、ジプシーも闘牛士も登場しないというオペラになっている。2017年夏のエクサン・プロヴァンス音楽祭で大きな話題を呼んだ作品で、それが今回モネ劇場で再演される。作曲家にこのオペラを注文したパリ・オペラ・コミックでは、オペラ内に音楽のないセリフがあることが慣例だが、そのセリフも今回演出家Tcherniakovが書き直している。 全4幕 フランス語
*今回のTcherniakov氏の演出版の説明の後に、比較のため「カルメン」の通常版のあらすじも記載しておきます。
Tcherniakov氏演出版の説明
現代社会のストレスのためか、人生に疲れた男(ドン・ホセ テノール)が、婚約者と思われる女性(ミカエラ(ホセの許嫁) ソプラノ)に連れられて心理診療所にやってくる。そこでは、[物語に参加して劇を演じる]ことで病んだ心の回復を図る診療プログラムが行われている。男は、そのセラピー劇《カルメン》の中でのドン・ホセ役を演じることになり、男の婚約者もミカエラ役になり、オペラ「カルメン」は劇中劇として進行する。
主役カルメン以外は、担当する役の名札を胸に付けた現代衣装の歌手たちが演技し、第1幕の冒頭では、それがセラピーのための演劇であるために、登場人物は半ば面白おかしく演技を進め、カルメン(ソプラノ)も、現代のオフィスにあわただしくやってきた、セクシーで少しあばずれな女性として登場。原作に忠実な古典的な演出の舞台設定におけるスペイン・セビリアのタバコ工場の雰囲気からは激しく乖離(かいり)しているが、カルメン役の歌手S. D’Oustracは、均整の取れたプロポーションで、カルメンとしての妖艶(ようえん)なセクシーさを充分に醸し出しているために、違和感はあまりない。
途中、何度かセラピー担当の責任者が現れて、参加する役者たちに指示を与え、患者ホセ以外の登場人物が皆プロの役者であることがわかる。第3幕では、カルメン役の歌手は、カルメンのホセに対する酷い仕打ちを演じているうちに、ホセの落ち込む様子を見て「もうこれ以上の仕打ちは出来ない」という気持ちになるが、そこにセラピー責任者が登場して、プロらしくしっかり演じる様に注意する場面もある。また4幕の終末は、ホセに刺されたカルメンが起き上がり、膝まずくホセに寄り添って肩を叩き、婚約者ミカエラは、ホセの肩にジャケットをかけるという幕切れで、この劇の顛末(てんまつ)は個々の観衆の想像に任されるし、このセラピー劇で患者の心は癒されたのだろうかという疑問も残る。
この演出は、現代人にとっては、日常離れしていて現実味のない原作の物語設定を変えることで、観るものに新しい観点を与えているが、フランス人作曲家ビゼーが、スペインの舞曲などの音楽材料を良く消化して用いた、独特の異国情緒の持つ雰囲気の音楽効果の有無もまた疑問点かも知れない。
通常版「カルメン」あらすじ
第1幕
1820年頃のスペインのセビリア。広場にはタバコ工場と衛兵の詰め所があり、伍長(ごちょう)ドン・ホセの許嫁で田舎娘のミカエラ(ソプラノ)が、彼に会いに尋ねて来る。衛兵交代のラッパが響き、«兵隊さんと一緒に»を歌う子どもたちを先頭に、隊長スニガ(バス)や伍長ドン・ホセ(テノール)が登場。昼休みに広場に現れたタバコ工場の女工たちに、男たちが言い寄るが、ジプシーの女工カルメン(メゾソプラノ)は全く相手にしない。逆にカルメンは、女工たちに興味を示さない伍長ドン・ホセに花を投げつけ、有名なハバネラ«恋は野の鳥»を歌って、気を引こうとする。ホセの婚約者であるミカエラが現れ、ホセに故郷の彼の母親からの便りを届ける。仕事に戻ったカルメンは喧嘩騒ぎを起こし、牢に送られることになる。しかし護送を命じられたホセは、カルメンに誘惑されて縄を解いて彼女を逃がす。「パスティアの酒場で落ち合おう」と言い残しカルメンは去る。
第2幕
パスティアの酒場で、カルメンが、ジプシー仲間のメルセデス(ソプラノ)とフラスキータ(ソプラノ)と、隊長スニガたちを前にジプシーの三重唱«にぎやかな楽の調べ»を歌い踊り、隊長スニガは、カルメンに彼女を逃がした罪で牢に入れられていたドン・ホセが釈放されたと告げる。そこへ花形闘牛士エスカミーリョ(バリトン)が現れ、有名な«闘牛士の歌»を歌ってカルメンの気を引くが彼女は応ぜず、エスカミーリョは人々と引き上げる。密輸入者仲間のダンカイロ(バリトン)とレメンダード(テノール)が現れ、カルメンたちと«うまい話がある»と五重唱を歌うが、カルメンは「今回は参加しない」と言う。牢から釈放されたドン・ホセが歌う声が近づき、ダンカイロは「彼を仲間に引き込め」とカルメンに囁き、4人は姿を消す。ホセが酒場に入り、カルメンは彼のために歌って踊り、密輸団の仲間になるよう誘惑するが、帰営ラッパが聞こえてホセは帰ろうとする。怒ったカルメンに、ホセは有名なアリア«お前の投げたこの花は»を歌って、カルメンへの思慕を訴える。カルメンの色香に迷ったホセは、そこへ現れて帰営を促す隊長スニガと決闘騒ぎとなり、密輸仲間が隊長スルガを外に追い出す。上官に剣を抜いたホセは脱走兵となり、密輸をするジプシーの群れに身を投じる決心をする。
第3幕
メルセデスとフラスキータが、カード占いをしている。カルメンが占うと「まず自分が、次にホセが死ぬ」と言う不吉な占いが出て結末を暗示する。婚約者ミカエラが、«何も恐れるものはない»と歌う中で「恋人を取り戻す勇気を与え給え」と神に祈り、1人で見張りをするホセの所に現れる。闘牛士エスカミーリョも現れ、ホセは彼が恋敵であることを知り彼に決闘を申し込むが、カルメンたちが闘牛士エスカミーリョを助けて騒ぎは収まる。カルメンの心を繋ぎとめようとするホセだが、カルメンの心は完全に彼から離れて闘牛士エスカミーリョにある。ミカエラから故郷の母の危篤を聞き、ホセはカルメンに心を残しつつ、ミカエラと共に密輸団を去る。
第4幕
闘牛の日、群衆の大歓声に迎えられ、エスカミーリョとその恋人になっているカルメンが闘牛場に現れる。メルセデスとフラスキータが、カルメンに「ホセが来ているから気を付けて」と忠告する。エスカミーリョが闘牛場に入った後、1人でいるカルメンの前に、ホセが現れて復縁を迫り、復縁しなければ殺すと脅す。ホセの執拗な言動にカルメンは業を煮やし、それならば殺すがいいと言い放ち、以前彼からもらった指輪を外して投げつける。逆上したホセはカルメンを刺し殺し、彼は彼女の死体の上に身を投げ、幕となる。