♪ Die Walküre「-第1夜-ワルキューレ」
作曲:Richard Wagner(ワーグナー1813~1883)
内容:今シーズン10~11月に上演された序夜「ラインの黄金」では、ライン河の黄金で作られた世界を支配できる力を持つ指環に呪いがかけられて、権力欲に囚われる神々の世界を翻弄し、続く3夜にわたる「ニーベルングの指輪」の物語の種が撒かれた。第1夜の「ワルキューレ」とは、神々の長ヴォータンが、天空で本妻のフリッカ(結婚の神)以外の女神たちに産ませた娘たちを、ヴォータンが人間の英雄の戦死後、天空のワルハラ神殿の護衛のために運ぶように育てた女戦士たちのことである。この第1夜では、その神々の長ヴォータンが、地上で人間の女性との間にもうけた双子の兄妹の純粋な愛を描き、またワルキューレの1人で、ヴォータンに指輪は手放すべきだと忠告した智の女神エルダと彼との間にできた娘ブリュンヒルデが、父ヴォータンに逆らって神々の世界を追放されるまでが描かれる。男女の純愛や夫と妻の葛藤、父と息子の親愛、父と娘の情愛といった人間ドラマが物語の核となっていて、4夜の中でも最も人気のある最高傑作。全3幕11場 ドイツ語
あらすじ
前作「ラインの黄金」からの経緯(第2幕2場のヴォータンの長い語りで歌われる彼の「遠大な計画」):
世界を支配する力を持つ≪ニーベルングの指環≫をアルベリヒが取り戻すことを恐れた神々の長ヴォータンは、神々の意志とは関係のない人間に、大蛇になって指輪を守っている巨人族ファーフナーから指環を奪わせるという「遠大な計画」を思いつく。ヴォータンはまず、智の女神エルダとの契りにより娘ブリュンヒルデを誕生させ、彼女を含めた9人の女戦士ワルキューレを育て、戦いに倒れた人間の勇士をワルハラ神殿に集めさせ、指環がアルベリヒに戻った場合に予想される闇の軍勢の襲来に備えた。 他方、ヴォータンは地上でヴェルゼと名乗って、人間の女との間に双生児の兄妹ジークムントとジークリンデをもうけ、計画では、兄のジークムントこそは、神々の束縛・掟から自由な、指輪を奪う英雄となるべき存在であった。ヴォータンは、彼にその英雄の条件としての銘剣≪ノートゥング≫を授ける手はずも整えていた。
第1幕 フンディングの館の内部
嵐とジークムントの逃走を表す低弦の激しいリズムの前奏曲の後、幕が上がる。
第1場
神々の長ヴォータンと人間の女との間に生まれたジークムント(テノール)が、戦いに傷つき武器も失って嵐の中を逃れて来て、誰の館か知らずに館に迷い込む。実はその館の主はジークムントが戦っていた敵フンディングの館であった。病人が迷い込んだと思った館の主の妻ジークリンデ(ソプラノ)は、ジークムントが離れ離れになっていた双子の兄とは知らずに水を与え、2人は何故か強く惹かれ合う。
第2場
そこへ主人のフンディング(バス)が戻り、妻が介抱した男の顔が妻と瓜二つであることに驚く。ジークムントの名乗りを聞いたフンディングは、ジークムントが、呼ばれて参加した戦いの自分の敵であること、今晩だけは客人として扱うが、翌朝には決闘することを申し渡す。フンディングは、妻に寝酒を用意させて2人は寝室に消え、残ったジークムントが、「困窮した時に授けようと父が約束した武器はどこにあるのだ」と叫ぶと、トネリコの樹にきらりと光る物が見える。
第3場
ジークリンデは、ジークムントを逃がすために夫フンディングに眠り薬を飲ませたと言い、武器ならここにあると「強引に私を妻にしたフンディングとの結婚式に、顔を隠した老人があのトネリコの樹に1本の剣を刺した。誰も引き抜くことができなかったあの剣が、今誰のための物なのか解った」と高らかに歌う。ジークムントは高まる想いを「冬の嵐は去り」で歌い、ジークリンデも「貴方こそ春」と歌い二重唱となる。共に父の名が「ヴェルゼ」であったことを確かめ、2人は双子の兄妹であることを知る。ヴォータンがジークムントのために用意し、かつて誰も引き抜いたことのない剣をジークムントは引き抜き、それを≪ノートゥング(苦難・危急の意)≫と名付ける。ジークムントは銘剣ノートゥングが、妹にして妻になるジークリンデへの贈り物であると宣言し、二人は逃亡する。
第2幕
ジークムントとジークリンデの逃避行を表す序奏の後、幕が開くと神々の長ヴォータン(バリトン)とその娘ブリュンヒルデ(ソプラノ)が立っている。
第1場
ヴォータンは愛娘ブリュンヒルデに、ジークムントとフンディングの戦いはジークムントを勝たせるよう、そしてフンディングはワルハラ神殿に運ぶ必要はないと命じる。ブリュンヒルデが天馬を駆る女戦士の叫びをあげて去ったところへ、ヴォータンの正妻フリッカ(メゾソプラノ)が狂ったように登場。結婚の女神であるフリッカは「フンディングが『妻ジークリンデが結婚の誓いを破って不倫し逃亡した復讐を』と乞い祈るので、私はその願いを聞き届けた」と伝え、夫が人間との間にもうけた娘ジークリンデは、不倫した上に双子の兄ジークムントとの近親相姦の罪となり、2人共を罰するようにとヴォータンに激しく迫る。ヴォータンは非難をかわそうとするが、フリッカから「神々の意思と関係ない人間の英雄と言うが、その準備をしたのは貴方なのだからジークムントは貴方の奴隷に過ぎない」と言われ「遠大な計画」(前述)の自己矛盾に気づかされ、心ならずもジークムントから手を引く命令をすることを誓わされる。
第2場
戻ってきたブリュンヒルデに、ヴォータンはジークムントに死をもたらすよう命令を変更する。何事が起ったのかと尋ねるブリュンヒルデに、ヴォータンは「神々の危難だ」と嘆き、前作「ラインの黄金」以降の彼の行動と彼の「遠大な計画」(前述)を長い叙事的語りによって歌う。しかし、ヴォータンの計画は正妻フリッカに見抜かれて挫折し、彼は愛する者を殺さねばならず、彼の嘆きは神々の終末を予感し頂点に達する。父を思いやるブリュンヒルデは悄然(しょうぜん)として岩上に立ち、ジークムントとジークリンデが逃げて来るのを認めて姿を消す。
第3場
疲れ切ったジークリンデをジークムントが休ませるが、彼女は「フンディングと愛無くして結婚したこの汚れた女をここに置き去りして逃げて」と言う。彼女はジークムントが戦いで剣が砕けて倒れてしまう幻覚にとらわれ気を失う。
第4場
そこへブリュンヒルデが姿を現し、ジークムントはフンディングとの戦いで死ぬこと、死せる勇者はワルハラ神殿に迎え入れられること、ワルハラには父のヴォータンが居ることを告げる(ブリュンヒルデの「死の告知」)。しかし、ジークリンデは一緒に連れて行けないことを知るとジークムントはそれを拒否し、ならば2人で死のうと銘剣ノートゥングを振り上げる。2人の純粋な愛に心を打たれたブリュンヒルデは、ヴォータンの命令に背いてジークムントを守ろうと決心し、それを約束する。
第5場
ブリュンヒルデが去ると、フンディングの角笛が近づき、ジークムントはジークリンデを横たえて彼を迎え撃つ。ジークリンデは、家が焼かれ母が殺された日の夢を見てうなされる。ジークムントとフンディングの激しい一騎打ちが始り、天空からブリュンヒルデがジークムントを守る。ジークムントがフンディングに死の一撃を与えようとしたまさにその時、黒雲からヴォータンが現れ、槍で自らが授けた銘剣ノートゥングを砕く。武器を失ったジークムントは、フンディングの槍に刺されて絶命する。その間ブリュンヒルデは、悲鳴をあげるジークリンデを愛馬グラーネに乗せ、砕けた銘剣ノートゥングを拾って逃げ去る。ヴォータンは憤怒の眼でフンディングをにらみ「行け!」の一言でフンディングを絶命させて、自分の命に背いて逃げたブリュンヒルデを追う。
第3幕 「岩山の頂き」
序奏で有名な「ワルキューレの騎行 Der Ritt der Walküren」の音楽の後すぐに幕が開き、8人のワルキューレたちが叫び声を上げ、冗談を言いながら岩山に集まってくる。
第1場
ブリュンヒルデが1人遅れて、勇士の代わりに女を愛馬グラーネに乗せてやってくる。ブリュンヒルデから「父ヴォータンはジークムントを斃(たお)すようにと命じたがその命に背き、ヴォータン自身が彼を刺し、私は彼の妻になったこのジークリンデを救って逃げたのだ」と聞いた他のヴァルキューレたちは、ヴォータンの怒りを恐れて恐慌状態となる。ジークリンデは「ジークムントが死んだ今、私の望みは死だけです」と言うが、ブリュンヒルデは、ジークリンデの体にはジークムントの子どもが宿っていることを告げ、愛のために生きるよう説得し、それを聞いたジークリンデは何とか助けて欲しいと言う。その時ヴォータンの黒雲が近づき、ブリュンヒルデは「私がヴォータンの怒りをここで受け止めるから、巨人ファーフナーが大蛇になって指輪を守っている東方の森に逃げなさい。いつかこの銘剣ノートゥングを造り直して振り上げる英雄の名前を『ジークフリート』と私が名付けましょう」と言い、戦場から持って来た砕けた剣をジークリンデに渡す(音楽「ジークフリートの動機」)。ジークリンデは感謝の言葉を「愛の救済の動機」で歌い、砕かれた銘剣ノートゥングの破片を持って森へと逃れてゆく。そうしているうちにもヴォータンが近づいてくる気配が高まる。
第2場
憤怒に燃えたヴォータンは、ブリュンヒルデは神々の一族から追放され、ワルキューレから除名し、父娘の縁を切ると告げる。他のワルキューレたちはとりなそうとするが、ヴォータンは聞く耳を持たず、ブリュンヒルデは静かに父の前に進み出る。ヴォータンは「お前は山上に無防備で眠りにつき、通りがかりの男がお前を征服する時にお前の全ての神性は失われるのだ。彼女を庇う者は皆同様だ」と罰を告げ、他のワルキューレたちは悲しい叫び声をあげ消えてゆく。ヴォータンとブリュンヒルデの2人だけが残り、重苦しい沈黙となる。
第3場
ブリュンヒルデは、自分の行為は父ヴォータンの真意を汲んだものだと釈明する。愛娘の父への愛情に次第に心を動かされるヴォータンだが、しかし処罰は変えられないと言い放つ。ブリュンヒルデは、ジークリンデがジークムントの子である英雄を宿していることを告げ、「ひとつだけ願いをかなえて欲しい、せめて自分の周りには火を放ち、臆病者ではなく真の英雄だけが私に近づけるように」と嘆願する。ブリュンヒルデの言葉に感動したヴォータンは「さらば、勇敢で気高いわが子よ(ヴォータンの告別)」を歌い、「神である自分よりも自由な男だけがお前に求婚する」ことを了承し、抱擁する。ヴォータンは彼女の輝く目を見つめ、閉じさせると額に接吻して神性を奪い、岩山に横たえ体を盾で覆う。そして槍で岩を3度突いて火の神ローゲを呼び出し「魔の炎の音楽」となる。炎がブリュンヒルデを取り囲み、ヴォータンは「この槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を踏み越えるな」と厳かに言い、「ジークフリートの動機」の音楽が反復される中、静かに去ってゆき幕となる。