♪ Il Trittico「三部作」
Il Tabarro「外套」、Suor Angelica「修道女アンジェリカ」、Gianni Schicci「ジャンニ・スキッキ」
作曲:Giacomo Puccini(プッチーニ1858~1924)
内容:「トスカ」や「蝶々夫人」で有名なイタリア人作曲家プッチーニが、一幕物の3つのオペラを一夜でこの順番で上演するようにと意図して作曲した。観客は、暗く恐ろしい「外套」で引きつけられ驚き、感傷的な「修道女アンジェリカ」で感動、最後に喜劇「ジャンニ・スキッキ」で笑って家路につくという、作曲家の劇場における秘訣の考えがそのまま一晩に収まっている。第1次世界大戦終了直後の1918年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で初演された。 3つの一幕物のオペラ イタリア語
♪ Il Tabarro「外套」
内容:作曲者プッチーニは1913年パリを訪れて、同地でロングラン上演されていたD. Gold原作の舞台劇「La Houppelandeラ・ウプランド (外套) 」を観て気に入り、最初から別の作品と組み合わせて上演するオペラの1つとして作曲することを考えた。台本作家選定に難航するがイタリア人の劇作家G. Adamiが引き受け、社会の下層にうごめく人間の愛欲を見事に描くオペラに仕上がった。
あらすじ:
1910年頃のパリのセーヌ河畔に浮かぶ、はしけ船の甲板上のある夕方。船長ミケーレ(バリトン)が、ぼんやりと日没を眺め、家事をする若い妻ジョルジェッタ(ソプラノ)に「仕事も終るので荷役人夫たちにワインを振舞ってやれ」と命令する。彼は妻に接吻しようとするが、彼女が顔をそむけるので気を悪くして船倉に降りてゆく。
荷役人夫たちが、きつい仕事を終えて戻ってきて、ジョルジェッタは夫の言いつけ通り皆に酒を勧める。皆はやってきたオルガン弾きに音楽を奏でさせて、はじめはティンカ(テノール)が、次に若いルイージ(テノール)がジョルジェッタと踊る。ルイージが丁度彼女と固く抱き合って踊っているところにミケーレが甲板に上がってくるので、2人は慌てて離れ、皆は気まずい雰囲気となる。今度は流しの歌唄い(テノール)が河岸に現れ、「ミミの物語」なる小唄を歌う。ジョルジェッタは、夫の機嫌が悪いので「黙っていられるよりもあざのできるほどぶたれた方がまし」と愚痴る。そこへタルパ(バス)の妻のフルーゴラ(メゾソプラノ)が来て、ジョルジェッタに拾い集めた様々な物を見せて雑談する。ルイージは船長ミケーレに「船がルーアンまで行ったところで自分を下船させてほしい」と頼むが、ミケーレに「あそこはもっと景気が悪いと言うからこのまま俺の船に乗っていろ」とたしなめられ、その言葉に従う。 ミケーレが船室に降り、皆も帰ってゆき、ルイージとジョルジェッタだけが残される。ジョルジェッタは「なぜ船を下りたいなんて言ったの」とルイージに尋ね、彼は「君をこのまま船長と共有していくなんて僕には耐えられないと」と言う。2人は今晩また逢引することを約束し、それは、ジョルジェッタが船長が寝静まったことを確認して灯すマッチの炎を合図に、いったん近くに隠れたルイージが再乗船する手はずになる。
一人甲板に残ったジョルジェッタのところへミケーレが戻ってくる。彼は妻に向かって優しく「お前は最近すっかり変わってしまった。昨年の今頃は夫婦二人と赤ん坊で幸せだったのに、あの子が死んでしまってから…」と言いかけるが、亡き子のことを思い出したくないジョルジェッタは話を中途で遮り、再び彼の接吻を拒み、疲れたと言って船室に去る。
妻の姿が消えると、ミケーレの態度は豹変する。彼は「妻が浮気しているのは確かなのだが、誰が相手か判らない」と独り詮索を始める。「タルパは年寄り、ティンカはただの呑み助だ。ルイージは疑わしいが、今さっき下船したいと言ったばかりだ。相手が誰であっても、見つけ次第俺はこの手でそいつを殺してやる。」ミケーレはアリア≪何もない、静かだ≫を歌い、自分のパイプにマッチで火をつける。 漆黒の闇の中、その炎をジョルジェッタの約束の合図と早合点したルイージが船に忍んで来る。彼はたちまちミケーレに捕えられ、ミケーレがルイージの首を絞めながら「正直に白状したら許してやってもいいぞ」と言うので、彼は苦しい息の下で「僕は彼女を愛している」と告白する。ミケーレは更に強くルイージの首を絞め、何度もその言葉を繰り返させ、最後には絞殺してしまう。
不穏な気配を感じたジョルジェッタが甲板に上がってくる気配で、ミケーレはルイージの死体を素早く自分の外套の下に隠す。ジョルジェッタは「不安で眠れないの。貴方のその外套で私を包んで欲しい。昔貴方は言ってたじゃない、『人は皆、一枚ずつの外套を持っている、時にはそれに喜びを包み、時には悲しみを』」と言う。その言葉を受けてミケーレは「そして時には犯罪をだ。さあ入って来い」と冷たく言い放つ。。彼は外套を広げ、ルイージの死骸を妻に見せる。驚愕のあまり絶叫するジョルジェッタをミケーレは引き掴み、彼女の顔を死体の顔に強く押し付けて、幕となる。
♪ Suor Angelica「修道女アンジェリカ」
内容:プッチーニは三部作の1作目「外套」の台本を、その才能に注目してG. Forzanoに依頼するが、彼は「他人の舞台劇の翻案ではなく、オリジナル台本を作成したい」と断り、17世紀イタリアの修道院での奇蹟の物語を元に、このオペラの台本を作成。プッチーニは3部作の残りの2作の1つにと飛びついた。またプッチーニの2歳年長の姉が修道院長であったこともあり、彼は修道院に取材に行ってその雰囲気を追求し、旧友の神父にも意見を求めている。上流社会の偽善的規範からはみ出してしまった女性の苦悩を描いた感動的なオペラ。
あらすじ:
17世紀末頃の美しい春の夕暮れ、イタリアの修道院の中庭。礼拝の合唱が聞こえ、礼拝後に出てきた修道女たちに、修練長(メゾソプラノ)は「神に仕える身の我々は一切の願望を持つことは御法度」と言うが、かつて羊飼いだったジェノヴィエッファ(ソプラノ)は「自分はペットの子羊がほしい」、食い意地の張ったドルチーナ(ソプラノ)は「美味しいものが食べたい」と言う。「ではアンジェリカは」と尋ねられ、アンジェリカ(ソプラノ)は「自分には何の願望もありません」と答えるが、彼女が7年前にこの修道院に入ってからずっと家族からの便りを切望していることを噂好きの修道女たちは皆知っていた。しかし、皆が知っているのは、アンジェリカが高貴な貴族家の出身であるらしいということだけで、何かの贖罪(しょくざい)のため尼僧となったとの噂があるが、真相は誰も知らない。 ジェノヴィエッファが、聖水盤に太陽が黄金色に映えているのを見て奇蹟が起こると騒ぐが、昨年同じことが起きた時に、一人の修道女が亡くなったことを思い出し、皆でその修道女の墓に水を注ぎに行く。そこに医務係の修道女が、一人の修道女が蜂に刺されて苦しんでいると知らせ、薬草に詳しいアンジェリカは香草と花をいくつか摘み取って、即席の塗り薬と飲み薬を処方し、仲間の修道女は感嘆の声を上げる。 托鉢に行っていた別の修道女が「美しい装飾の馬車が修道院の門前に到着したから、誰かに面会者らしい」と言う。アンジェリカはいつになく慌てて「その馬車には象牙の紋章はついているか」など事細かに尋ねる。やがて修道院長(メゾソプラノ)が現れ、アンジェリカに伯母に当たる公爵夫人の面会を告げる。実は、アンジェリカの両親の公爵夫妻は20年前に相次いで他界、その遺産はすべてアンジェリカと妹に遺され、伯母の公爵夫人はその後見人として遺産を管理していた。アンジェリカは伯母の来訪に感激して歩み寄るが、公爵夫人(アルト)は冷ややかに「今日私が来たのは」と事務的にアンジェリカに言う。「あなたに遺産を放棄してもらうためです。あなたの妹は、さるお方と結婚します。そのお方は、あなたの犯した大罪をすべてご承知の上で妹と結婚して下さるのですから、あなたは財産をすべて妹に与えて誠意を示さなければなりません」 アンジェリカが犯した罪とは、ある男と関係を持ち、未婚で妊娠・出産したことだった。家名の恥辱としてその事実は隠蔽(いんぺい)され、彼女は出産直後に産んだ息子と引き離され、贖罪のためとして修道院に送られたのだった。一日たりとも自分の息子を忘れたことのなかったアンジェリカは、公爵夫人に、今7歳になるはずの息子の消息を尋ねる。公爵夫人はあくまで事務的に「あの子なら2年前に高熱で亡くなりました」と答え、アンジェリカは驚愕と絶望のあまり倒れてしまう。公爵夫人は構わず遺産放棄手続の手筈を整え、やがて意識を回復したアンジェリカは虚脱状態のまま必要な書類に署名し、公爵夫人は無言で帰ってゆく。アンジェリカは、有名なアリア≪母も無く≫を歌い、私は天国でお前に会えるかしらとその悲しみを歌う。戻ってきた他の修道女たちは彼女を励まし、一緒に聖母マリアを讃えてそれぞれの個室に引き下がる。修道院が暗闇に包まれ、アンジェリカは亡き息子が天上から自分を呼ぶのが感じられ、息子のもとへ急ごうと草花を摘み毒薬を調合する。彼女は修道女たちに別れを告げ、神秘的な恍惚に満たされて毒を飲む。 一瞬我に返った彼女は、自殺の罪を犯すことを聖母に詫び、救いを求め祈る。彼女の祈りは通じて奇蹟が起き、天使の声が聞こえ、まばゆい光が修道院に満ち、傍らにアンジェリカの息子を連れた聖母マリアが現れる。聖母は幼児に死にゆく母を指し示し、幼児は一歩一歩ゆっくりと母親のもとへ歩んでいく。アンジェリカは安らかに息を引き取り、天使たちの合唱が響く中、幕となる。
♪ Gianni Schicci「ジャンニ・スキッキ」
内容:プッチーニは、台本作家G. Forzanoと直接会って相談していたが、第2作目「修道女アンジェリカ」を作曲中に、このダンテの「新曲」の地獄編第30歌を原作とするオペラ「ジャンニ・スキッキ」の台本を受け取り、「修道女アンジェリカ」の作曲をいったん中断してこのオペラに没頭した。プッチーニの唯一の喜劇オペラで、市民の徹底した強欲を笑いに包む楽しいオペラ。アリア≪ O mio babbino caro「私のお父さん」≫は特に有名。
あらすじ:
時は1299年9月1日、フィレンツェの大富豪ブオーゾ・ドナーティの邸宅。陽気な前奏とともに幕が開くと、大富豪ブオーゾの寝室では、たった今彼が息を引き取ったところで、親戚一同は大げさに悲しんでみせるが、一同の関心は遺言状の保管場所。巷ではブオーゾが親戚には一銭もやらず全財産を修道院に寄付すると噂されていて、皆は遺言状が公証人の手に渡ることを恐れている。 部屋中の捜索の末、ブオーゾの甥の若いリヌッチョ(テノール)が首尾よく遺言状を発見する。彼はそれを親類代表に渡す前に「この内容が皆にとって満足するものだったら、僕がラウレッタと結婚するの認めてくれるね」と問いかけ、皆は了承する。リヌッチョは、恋するラウレッタとその父親で市外に住む田舎者だが法律に詳しく機転の利くジャンニ・スキッキを呼びにやらせる。 その間、皆は恐る恐る遺言状を開封するが、悲しいことに噂通り全遺産は修道院と教会に寄付すると書かれていて「坊主が肥え太るなんて」と一同は落胆する。一同は何とかこの遺言状の内容を変えられないかと言いだし、リヌッチョはそれができるのはジャンニ・スキッキだけだと皆に推薦し、有名なアリア≪フィレンツェは花咲く木のように≫を歌う。期待していた遺産が無に帰したため、持参金の見込みの無いリヌッチョがラウレッタと結婚することも不可能になる。 そこへ、ジャンニ・スキッキ(バリトン)登場。リヌッチョは「何か知恵を貸して欲しい」と頼むが、ブオーゾの従妹ツィータ(アルト)が「持参金の無い娘とは甥を結婚させない」と貧しいスキッキを馬鹿にするのでスキッキはへそを曲げて協力を断るが、娘のラウレッタ(ソプラノ)が有名なアリア≪私のお父さん≫を歌って、もしリヌッチョと結婚できないなら、アルノ川に身投げしてしまうと脅すので、スキッキも仕方なく遺産を取り戻す算段を立てることにする。
スキッキは、愛娘ラウレッタに悪事の加担はさせたくないので、彼女をベランダに立ち退かせ、今この部屋にいる面々以外にブオーゾの死を知る者がいないことを確認してから、遺体はベッドから別室へ運ばせる。そこへ間の悪いことに医者スピネロッチョ(バス)が往診に来てしまい、スキッキはブオーゾの声色で「もうすっかり回復したから」と言って追い帰す。声色一つで医者をうまく騙せたことでスキッキは調子に乗り「公証人を呼んできて、ブオーゾに化けた自分が遺言を口述するのだ」とその計画を皆に披露する。一同は大喜びでスキッキを讃え、公証人が来るまでの間、スキッキの変装を手伝いながら、それぞれが彼の耳元で自分に有利に書き変えてくれるようにと頼み込む。スキッキは親戚一同に「法律により、遺言状の改竄者(かいざんしゃ)とその共謀者は片手を切断された後、フィレンツェ追放となる。だから『さらばフィレンツェ、手のない腕でご挨拶』となりたくないならば、この事は一切他言無用」と厳かに警告し、一同も秘密厳守を約束する。
公証人(バリトン)がやって来るので、ブオーゾに扮したスキッキは、ベッドの中から「新たな遺言状を作成したいのだが、手が麻痺して書けないので口述筆記をお願いしたい」と言い、すっかり彼をブオーゾと信じた公証人も納得する。まずは「他の遺言状は全て無効とする」、続いて「葬式は金をかけず簡素に」、「修道院にはごく小額を寄贈」、「現金は親戚一同に均等に分与」、さらに「各地に点在する小規模な不動産物件はそれぞれ親戚の誰々と誰々へ」と、ここまでは親戚一同の希望通りに遺言を述べ、皆は礼を言い、スキッキの手際の良さに感心する。さていよいよ高額物件の分与となり、スキッキは「ロバとこのフィレンツェの家は、 親友ジャンニ・スキッキへ与える」と宣言。親戚一同騒然となるが、スキッキはベッドの中から「さらばフィレンツェ」と小声で歌って、先ほどの警告を思い出させ、皆を沈黙させる。最後に「製粉所もジャンニ・スキッキへ」。こうして遺言状が完成すると、スキッキはツィータに公証人に礼金を払うように命じ、公証人はスキッキを讃えて帰ってゆく。 公証人が去った後、親戚一同はスキッキのことを「泥棒、裏切者」と口々に罵るが、スキッキは「ここは俺の家だ、みんな出て行け」と全員を追い出してしまう。
一人残ったスキッキがベランダへのドアを開けると、そこにはラウレッタとリヌッチョの2人の恋人。彼らは遺産騒動そっちのけで、眼下に広がるフィレンツェの景色を愛で、互いの愛を確認していたのだった。スキッキは若い2人を祝福するように微笑み、観客に向かって 「紳士、淑女の皆様。ブオーゾの遺産にこれより良い使い途があるでしょうか。この悪戯のおかげで私は地獄行きになりました。当然の報いです。でも皆さん、もし今晩を楽しくお過ごし頂けたのなら、あの偉大なダンテ先生のお許しを頂いた上で、私に情状酌量というわけにはいかないでしょうか」と、後口上を台詞で問いかけ、陽気に幕となる。