プチポワ独占インタビュー
ベルギーで活躍する日本人

ベルギーでのご活躍6年を振り返っていい思い出はなんでしょうか？

　何といっても日本でオペラ公演を実現できたことですね。モネ劇場初渡日で、劇場の顔として音楽の面だけでなくスポンサーの方々の協力を仰いだり、演奏家、歌手、その他スタッフの滞在に関するあらゆることの突破口を開く窓口になり大変でしたが、大成功を収め一生に残るイベントとなりました。

反対に大変な思い出はありますか？

大変というか笑い話ですが、僕は運転免許を持っていないんです。大学時代に試みたのですが、教習中ふと自分が無になることがあることに気がついたんです。そして、とても危険であると思い、免許取得を諦めました。ですから自宅から劇場までは、タクシーを使うことが多いのです。ある日豪雨でタクシーを頼んだのですがなかなか来なくて、開演に遅れては困るとトラムとメトロを使って劇場に出向きました。ところが、一つ手前の駅でメトロが止まってしまったんです。乗客は下車する羽目になり、刻々と時間は過ぎる。道もよく分からず迷いながらやっとの思いで劇場にたどり着いたのが、なんと開演２分前でした。その時の演目は、ヴェルディ作曲のアイーダ。出だしはか弱く静かに始まるのですが、僕の心臓は動悸が聞こえるくらいもうドッキドッキでした。幸運にも誰にも気づかれませんでしたが（笑）。

世界中を駆け回ってお仕事をされていますね。日本食通とお聞きしましたが、常に常備している和食材はありますか？

いや、特にありません。昔からどこへ行っても町並みを見た途端、お米のにおいをキャッチし、美味しい日本食や中華料理がある方角に歩いて行けるんです。ですからどこでも食事に困ったことはありません。

海外でのご活躍が長いですが、日本人であることを意識していますか？
しています。最近日本人に生まれてよかったと思います。ヨーロッパにはそれぞれの国に音楽があり、ドイツ魂を持つドイツ人がフランス音楽を理解するのは難しい。でも我々日本人には、作曲者の生きた時代背景など学ばねばならないことは多いですが、どの国の音楽も同じ土俵の上に並べて素直に理解できるんです。これは、日本人として非常に有利なことですね。

指揮者という職業は？

とても体力のいる仕事です。オペラは長時間の山あり谷ありで、オーケストラの耐久力が勝負です。最初はうまくいかなくてもいいんです。大きな山を少しずつ登っていく感じで音楽に対する感情を指揮棒に託して振るのですが、指揮棒はとても軽い物なので力がすべて右の手首やひじ、肩に残ってしまいます。そのため、首が全く動かなくなったことがあります。ですから常に気をつけて、公演後は筋肉をほぐすようにしています。

モネ劇場の今後に期待されることはありますか？

劇場裏の練習場を通りかかった時一室からものすごい奇声が聞こえてきたんです。何事かと覗いてみたら、まったく素人の方がとても楽しそうにオペラの練習をしていたのです。どういう訳かとディレクターに尋ねたら、モネ劇場運営の一環として貧しくてオペラ鑑賞などには縁のない人たちを招待して、こうやって実際にオペラを歌ってもらって、どんな社会層の人たちにもオペラに触れる機会を提供していると説明を受けました。また受刑者に音楽、ダンスのレッスンを毎週提供するなどモネ劇場は幅広い社会貢献活動をしています。お金持ちだけがオペラを鑑賞する時代は終わったのです。これからは、どんな階層の人にも浸透していくオペラでなければ、生き残れません。モネ劇場はすでにそれを実践していたのです。今後もこういった活動を続けてほしいです。

　ヴェルディ作曲のオペラ「運命の力」を楽しみにしています。本日はお忙しい中貴重なお時間をありがとうございました。

大野氏は、「運命の力」を最後にモネ劇場を去り、来シーズンからは、フランス、リヨンのオペラ座の音楽監督に就任されます。ヴェルディ作曲「運命の力」公演の詳しい情報は、8ページのモネ情報およびプチポワ４月号をご覧ください。