ベルギーのホットトピック　5月

フラマン巨匠の大往生 -HUGO CLAUS-

　≪Flandres a cesse de rugir...≫ (フラマ ン地方の真のライオンが吠える のをやめた − フラマン地方の旗に描かれているライオン像 と掛けている）-3月19日仏語日 刊紙Le Soir。

　その日、いわゆる安楽死を選 び、自らの意思で旅立ったフラ マンの巨匠ヒューホ・クラウ ス。小説家、戯曲家、詩人、画 家として78年間の生涯に何度も ノーベル文学賞候補にあがった 国際的な作家だった。晩年はア ルツハイマー病を患っていたと いう。生前のクラウスと親交の 厚かったヴェルホフスタット前 首相は友の訃報に際して追悼の 書簡を発表。それは高い文学的 素養に溢れた文章で、主に政治 家として知られている前首相の 隠れた芸術的才能は、ベルギー 国民に大いなる感銘を与えるも のだった。

　ヒューホ・クラウスは1929 年、敬虔なカトリック信者で印 刷業を営む父のもと、4人兄弟の 長男としてブルージュに生まれ た。幼年時代からカトリック系 寄宿学校に入れられていた彼 は、1 4 歳で学校から出奔 （しゅっぽん）、以来学校生活 に戻ることはなかった。季節労 働者やペンキ塗りなどをして日 銭を稼ぎつつ、絵画や執筆活動 を始めた彼はパリに移る。花の 都で多くのアーティストと親交 を深めつつ、むさぼるように読 書をし、独学で創作経験を重ね ていったという。21歳で発表し た2作目の小説“De Metsiers” でフラマン地方の文学賞を受 賞、まもなく作品は仏語“La chasse aux canards”、英語“The Duck Hunt”に翻訳された。翌年 発表の戯曲では演じた役者にま で大喝采をもたらした。才能に 溢れた若くセンセーショナルな 作家として20代前半で瞬く間に 文壇に頭角を現したクラウス は、以後60年余りの生涯を現代 文学界の<アンファン･テリーブ ル>として才能を発揮し続ける。 彼のローマ皇帝を髣髴（ほうふ つ）とさせる威厳のある外見 も、メディアの注目を集めたと いう。

　多作家だったクラウスの作品 の中でも代表作と言われている のは72年発表の“Het verdriet van Belgie”。ベルギー南部コルトレ イク地方での幼少期の思い出が 軸になった小説で、仏語、英 語、独語をはじめとする20近く の言語に翻訳され、劇場公演、 映画化された。辛らつな皮肉家 だった彼を物語るエピソードが ある。“Het verdriet van Belgie” の仏語訳“Le chagrin des Belges” 出版後、フランスの著名な 現代作家フランソワーズ･サガン とアラン･ロブ=グリエとともに 招かれた有名文学評論家のテレ ビ座談会。出演者達が“Le chagrin des Belges”の仏語訳の優秀 な出来栄えについて話し始める と、彼は持ち前の冷淡な口調で 「(翻訳が素晴らしいというから には)あなた方の中に、オランダ 語をご存知の方がいらっしゃい ましたっけ？」と尋ね、場の空 気を凍らせたというのだ。

　故郷フラマン地方に対し、そ の厳格なキリスト教的伝統と排 他的保守性を冷酷かつ徹底的に 批判する一方で、唯一無二の祖 国としての愛情と郷愁も隠せず にいたクラウス。遠い南の地イ タリアやプロバンスで暮らし、 声高に祖国批判をしながらも、 絶えずフランドルの風を求めて 帰省していた。そんな彼に対す る同胞フラマン人の評価は真っ 二つに分かれているそうだ。

　晩年、アルツハイマー病に冒 されはじめたクラウスは、小説 や戯曲執筆を諦めて詩作に専念 し、それも叶わなくなった最晩 年には、ペンを絵筆に持ち替え てデッサンや絵画を続けた。最 後にその絵筆さえ持てないと 悟った時、自分の生涯を自分で 閉じたいとの意思を明らかに し、それに対する協力を乞うた のだという。

ベルギーでは尊厳死・安楽死 は合法だ。編集者のPiet Piryns氏 は、「病気のため自分を失って いることが多い中、わずかの時 間意識がはっきりすることが あった。そんな時、彼が自分の 容態をはっきり自覚しているの がわかった。そして安楽死の希 望を周囲に伝えた」と説明す る。3月29日にアントワープの Bourla劇場で行われた葬儀で は、宗教的儀式はなかった。

　往年のクラウスの趣味として 知られているのはスポーツカー と女性。75年生まれの息子アー サーの母親は、オランダ生まれ で23歳年下のシルヴィア･クリス テル。「エマニュエル夫人」や 「チャタレイ夫人の恋人」に主 演し、70年代のセックス・シン ボルとして名を馳せた女優だ。