チョイワル夫の欧州日記

−牛−

いや、別に牛に偏愛があるわけではないのだが、この場を借りて牛に一言お礼を申し上げたいのである。大体、牛の乳、牛の肉から出来ている食べ物、生クリーム、チーズ、ステーキ、ローストビーフ、それらを思い浮かべれば、如何に僕達が牛の世話になっているか容易に想像できるであろう。

個人的なことを言えば、学生時代、異様にチーズに凝った時期があり、毎週のように名古屋三越の地下、知る人ぞ知る「チーズの国」に出没していた。国といってもただのチーズ売り場なのだが、居並ぶ欧州産チーズの数々に軽い眩暈（めまい）を覚えながら、その形からは全く想像できない味に思いを巡らせ、「何かお探しですか？」と聞く店員さんに、日本人の美徳を体現するように曖昧な笑みを返していたものである。とはいうものの、厳しい温度管理の下、空輸で来日するチーズ様が、学生の財布に優しいはずもなく、かといって当時「自分へのご褒美」なんて都合の良い言葉も知らなければ、自分の欲望を律することも出来ない僕は、さながら奴隷の如くチーズの為に働きチーズの為に生きていたと言っても過言ではない。ついにはそれが高じて、卒業旅行で本場フランスに飛び、山羊、白カビ、青カビ、ハードタイプからホワイトチーズのデザートまで全てのチーズが食べられるという専門レストランに入って、ワゴンサービスのおじさんに「全部下さい」と連発した挙句、志半ばでトイレから出られなくなるというトレビアンな体験をしたことは、読者の皆様方にだけの秘密である。しつこく執着して物事を面倒臭い方向に持ってゆくのは僕のお家芸であるものの、我が奥方が知ったら、しつこくネタを繰り返すお笑い芸人を見るような目で、「・・・また？？」と言うに違いない。

・・・なんだか知らないうちにチーズの偏愛日記みたいになってしまっているが、何が言いたいのかというと、こんなに僕にエンターテイメントを提供してくれている牛に対する扱いがあまりにも酷（ひど）いじゃないか！！・・・とそういうことなのである。この間、雑誌で、「牛のゲップとオナラがCO?排出の観点から地球環境に悪影響を与える」という記事を見た。そりゃ言いたいことは解るが、牛の立場になってみたら、乳は搾られるわ、肉は食われるわ、おまけにゲップ、オナラ禁止とはあんまりじゃないだろうか。僕が牛だったら間違いなく優秀な弁護士を雇って訴訟に持ち込むところである。生理現象だけに、『それでも僕はやってない』と言えないところが厳しいところであるが、インド人なんかは強力な味方になってくれそうな気がするし、牛の、牛による、牛の為の世界も考えられないことはない。・・・が、小春日和の草原で呑気に草をはむはむしている牛を見ると、野心のカケラも感じないし、励ましてなんとかなるものでもなさそうなので、僕の心の内でこっそり応援するに留める毎日である。「猿の惑星」はなんだか物語を感じるけど「牛の惑星」は・・・ねぇ。 ―PIRO−