ハッセルトの街に着いたのは午前中。ジェネバー祭り
が開催されるとあって相当混みあうのではないかと早め
に家を出たのだが、なんだか拍子抜けするほど市街地は 静かだ。屋台の組み立てをするおじさん、商品をポツポ ツと並べだすおばさんの姿をみつけて、「ジェネバー祭 り、ちゃんと今日あるんだ…」とほっとする。いくらお
酒が大好きなベルギー人でも、朝からどんちゃん騒ぎは
ないよね…と納得。

　それならばジェネバーについ て先に勉強しておこうと国立ジ ン博物館に向かった。ここはかつての醸造所の跡に建てられて おり、ジンの製造過程が順を追って説明されている。古いおけやはかりなどの展示コーナーを過ぎると、たくさんの古いポスターが飾られた部屋があった。書かれた文字の意味は分からないが、べろんべろんに酔っ払ったお父さんの絵や、ジンの入ったグラスをドクロが持ってにっこり…というものもある。「飲み過ぎてはい
けないよ！」「飲み過ぎると身体を壊すよ！」と注意を促
すためのものだったのだろう。

　館内をぐるりと一周すると、最後は試飲が待っている。3種類の中から好きなものを選ぶように言われた。 何がいいのか分からないから適当に手に取り、口に流し込む。飲み込んだ瞬間、胃の中がカッと熱くなるのを感じた。日本のおちょこよりも少ない量のカップなのだが、これくらいなどとあなどってはいけない。アルコール度数が40%もあるものだった。
試飲コーナーでは、約100種類のジンの販売もしてい
て、購入もできるそうだ。

　博物館から外へ出てみると、そろそろお昼。ジェネバー祭りを楽しもうという人びとで、だんだんと街は賑わってきた。通りのあちこちに建てられた屋台では色とりどりのジンが並べられ、1 杯2ユーロほどで売られている。オレンジ、バナナ、メロン味…。見ているとミルクシェーキのようで、子どもの飲み物のような感じだがそこはどっこい！ 先ほどの博物館での40度とまではいかなくてもアルコール度数はかなり高いので、2〜3杯飲んだらビールを1本くらい空けたような気分になってきた。屋台にはほかにサラミやソーセージなどを売る店もあり、つまみにも事欠かない。たるのズボン(？)をはいたおじさんまで出現して、街は酔っ払い天国のよう。警備を担当する警察官までジンやビールを飲んでいて、大丈夫かとツッコミを入れたくなる。

　祭りのメインイベントはウエイターレース。参加者はお盆にジンの入ったグラスやビンを乗せ、市街地を2周する。ジンをいかにこぼさず、速く回るかを競争するのだそう。

　レースに出るのは市内のレストラン、カフェなどの従業員たち。店ごとにチームを作り、揃いのユニフォームで出場する。自分たちの店がいかにキビキビとした接客ができるのかを披露するチャンスなのだから、そのまなざしは真剣そのもの。スタートが切られ、沿道の大声援を受けながらレースは始まった。

　肩の位置にお盆を持ち上げ、背筋をまっすぐにして早歩き。決して走ったりはしない。ジンがいかに残っているかも勝敗の決め手になるからだ。

　10分…15分…１周目を回って先頭の集団がスタート地点に戻ってきた。速い、速い。それなのにグラスのジンは、ほとんど減ってはいない。出場者の額から汗が流れ落ちる。あっという間に目の前を通り過ぎて２周目の競争に入っていった。

　結局、この日の優勝者は街中にあるカフェのお兄さん
だった。ゴールした瞬間の「どうだい！ ジンを運ばせた
らこのオレがベルギー No.１さ！」という得意げな顔が、
このジンの街、ハッセルトを代表しているように見えた。
夕方になるにつれて、さらにジンを求める人の数は増え、どこの屋台にも長い行列ができていた。グラスを重ねるごと に陽気になっていくハッセルトの人びとや観光客たち。

　ジンに彩られたハッセルトの夜は、始まったばかりだ。